THE iDOLM@STER 長編::伊織の再出発
ファースト・ライブ(4)
晴れ渡った土曜。
その若い男はもう2時間もそこに立っていた。
タバコを携帯灰皿に押し込むが、すでに入りきらないほどの吸い殻がたまっている。
もうタバコも吸い飽きたが、他にやることもない。
「すっぽかされちまったかなぁ…」
久々のデートだった。時間にルーズなところのある彼女ではあったが、連絡も無しにこんなに遅れるのは珍しい。
電話をかけても妙に事務的な女の声で「電源がはいっていないため、かかりません」の一点張り。
すでにリダイヤル記録はいっぱいになっていた。
イライラしつつ、ふと、道の向かい側に目をやると、「765 Production」という字の入った飾りっ気のない、ちょっと大きめのトラックがちょうど入ってきた。
『765プロ…水瀬なんとかとかいうアイドルの所属事務所だっけ』
彼の母親が読んでいる雑誌に、コネでのし上がったという記事が載っていたのを思い出す。
『へっ…芸能界なんて、コネまで使って入りたいもんかね。くっだらねえ』
心の中で吐き捨てて次のタバコを手に取ろうとした時、そのトラックがちょっと開いた場所につっこんできた。
唖然としていると軽いモーター音を響かせながら側面が開き始め、何が起こったのか把握しきるまえに、トラックの中から警備員が飛び出してきて縄を張り、簡易ステージを作ってしまった。
周りが騒然とし始め、人だかりができる。若い男もそれに巻き込まれて、最前列の特等席にいつの間にか立っていた。
ぱっとライトがつき、奥から2人の女と、1人の少年が走り出てくる。
「みなさ〜ん、こーんにちーは〜〜」
一番背の高い、長髪の女が挨拶をしたのを皮切りに、3人がそれぞれ自己紹介をはじめた。
「三浦、あずさです〜」
知らない名前だったが、のんびりした口調が印象的な長髪の女だ。
「菊地真です」
少年かと思ったが、少女だった。結構有名なアーティストで、妹がCDを持っている。
周りの少女が黄色い悲鳴を上げたのが聞こえた。
そして最後の、3人目の一番背の低い、まだあどけない風情を残した少女が自己紹介をする。
「水瀬伊織です」
まさにさっき思い出していた少女だった。この少女が、と思うまもなく、マイクが長髪の女に戻る。
「私たち3人で、Harmonia、というユニットです〜。今日は、新曲の発表と言うことで、ゲリラライブを行わせていただきます〜。
御通行中の皆さん、たいへん迷惑かと思いますけれど、ちょっとのあいだですので怒らないできいてくださいね〜」
退屈していたので、このようなハプニングはむしろ歓迎だった。少しずつ気持ちが乗っていくのを感じる。
「曲は、『昼下がりの土曜日』です〜。ミュージック、すたあとぉ!」
ぴっぴっというホイッスルの音とともに、軽快なパーカッションが入る。
レゲエと言うのだろうか。のんびりはしているが、リズムがはっきりしていて、勝手にからだが動き出す。
すっと例の、伊織という少女が前に出てきて、圧倒的な声量で歌い始めた。
そのはっきりした歌声に驚かされる。ポップスを歌っているのに、まるでオペラのソリストのように堂々としていて、思わず叩いていた手が止まった。
聞き惚れていると、主旋律がすっとあずさと入れ替わった。
あずさが歌っている時には真と伊織は綺麗なハーモニーをかぶせている。
しかし、ハモりが主張しすぎて主旋律の邪魔になるようなことはなく、むしろ厚みを増している。リズムに乗って、複雑に変化するハモりを聞いているとだんだんと浮遊感を感じ始めた。
音楽でここまでの心地よさを感じたことはかつてなかった。主旋律を受けもつシンガーはそれぞれ歌の切れ目ごとで変わっていくが、そのたびに残った2人が見事なハーモニーを主旋律にかぶせていく。
まるで虹の中にいるような感覚を味わっていると、突然の怒号でそれが破られた。
「すぐに解散して下さい!このままここに立ち止まっていると危険です!」
不快に思い振り返ると、後ろの方までびっしりと人で埋まっている。改めて周りを確認すると人で埋まって車の通行もできないような状態になっていた。
「きょ、曲の途中ですが、警察さんがやめなさいっておっしゃっておられるので、今日はこれまでにします〜。皆さん、ありがとうございましたぁ。さよぉならぁ〜」
言うが早いか、三人はバックにすっと消えていった。
混乱はしばらく収まらなかったが、徐々に人混みが緩和しはじめる。
さっきの曲を反芻しながらぼーっとしていると、携帯電話が鳴った。
電話を取ると、彼女だった。
『もしもし、サトシ?ごめん!約束って、今日だった…よね?』
「ああ…うん。今日だな」
『あの…今どこ?』
「渋谷の109の前だけど…」
『ごめんなさい!すぐに行くわ。あの、待っててもらえる?』
「ああ、うん」
『…ひょっとして、怒ってる?』
「…いや。感謝してる」
『え?』
「ありがとう。おかげですっごいものみれたわ…」
『え、あの…?』
「うん。まあ、きたら詳しく説明してやるよ。とにかく早くおいでよ」
その若い男はもう2時間もそこに立っていた。
タバコを携帯灰皿に押し込むが、すでに入りきらないほどの吸い殻がたまっている。
もうタバコも吸い飽きたが、他にやることもない。
「すっぽかされちまったかなぁ…」
久々のデートだった。時間にルーズなところのある彼女ではあったが、連絡も無しにこんなに遅れるのは珍しい。
電話をかけても妙に事務的な女の声で「電源がはいっていないため、かかりません」の一点張り。
すでにリダイヤル記録はいっぱいになっていた。
イライラしつつ、ふと、道の向かい側に目をやると、「765 Production」という字の入った飾りっ気のない、ちょっと大きめのトラックがちょうど入ってきた。
『765プロ…水瀬なんとかとかいうアイドルの所属事務所だっけ』
彼の母親が読んでいる雑誌に、コネでのし上がったという記事が載っていたのを思い出す。
『へっ…芸能界なんて、コネまで使って入りたいもんかね。くっだらねえ』
心の中で吐き捨てて次のタバコを手に取ろうとした時、そのトラックがちょっと開いた場所につっこんできた。
唖然としていると軽いモーター音を響かせながら側面が開き始め、何が起こったのか把握しきるまえに、トラックの中から警備員が飛び出してきて縄を張り、簡易ステージを作ってしまった。
周りが騒然とし始め、人だかりができる。若い男もそれに巻き込まれて、最前列の特等席にいつの間にか立っていた。
ぱっとライトがつき、奥から2人の女と、1人の少年が走り出てくる。
「みなさ〜ん、こーんにちーは〜〜」
一番背の高い、長髪の女が挨拶をしたのを皮切りに、3人がそれぞれ自己紹介をはじめた。
「三浦、あずさです〜」
知らない名前だったが、のんびりした口調が印象的な長髪の女だ。
「菊地真です」
少年かと思ったが、少女だった。結構有名なアーティストで、妹がCDを持っている。
周りの少女が黄色い悲鳴を上げたのが聞こえた。
そして最後の、3人目の一番背の低い、まだあどけない風情を残した少女が自己紹介をする。
「水瀬伊織です」
まさにさっき思い出していた少女だった。この少女が、と思うまもなく、マイクが長髪の女に戻る。
「私たち3人で、Harmonia、というユニットです〜。今日は、新曲の発表と言うことで、ゲリラライブを行わせていただきます〜。
御通行中の皆さん、たいへん迷惑かと思いますけれど、ちょっとのあいだですので怒らないできいてくださいね〜」
退屈していたので、このようなハプニングはむしろ歓迎だった。少しずつ気持ちが乗っていくのを感じる。
「曲は、『昼下がりの土曜日』です〜。ミュージック、すたあとぉ!」
ぴっぴっというホイッスルの音とともに、軽快なパーカッションが入る。
レゲエと言うのだろうか。のんびりはしているが、リズムがはっきりしていて、勝手にからだが動き出す。
すっと例の、伊織という少女が前に出てきて、圧倒的な声量で歌い始めた。
そのはっきりした歌声に驚かされる。ポップスを歌っているのに、まるでオペラのソリストのように堂々としていて、思わず叩いていた手が止まった。
聞き惚れていると、主旋律がすっとあずさと入れ替わった。
あずさが歌っている時には真と伊織は綺麗なハーモニーをかぶせている。
しかし、ハモりが主張しすぎて主旋律の邪魔になるようなことはなく、むしろ厚みを増している。リズムに乗って、複雑に変化するハモりを聞いているとだんだんと浮遊感を感じ始めた。
音楽でここまでの心地よさを感じたことはかつてなかった。主旋律を受けもつシンガーはそれぞれ歌の切れ目ごとで変わっていくが、そのたびに残った2人が見事なハーモニーを主旋律にかぶせていく。
まるで虹の中にいるような感覚を味わっていると、突然の怒号でそれが破られた。
「すぐに解散して下さい!このままここに立ち止まっていると危険です!」
不快に思い振り返ると、後ろの方までびっしりと人で埋まっている。改めて周りを確認すると人で埋まって車の通行もできないような状態になっていた。
「きょ、曲の途中ですが、警察さんがやめなさいっておっしゃっておられるので、今日はこれまでにします〜。皆さん、ありがとうございましたぁ。さよぉならぁ〜」
言うが早いか、三人はバックにすっと消えていった。
混乱はしばらく収まらなかったが、徐々に人混みが緩和しはじめる。
さっきの曲を反芻しながらぼーっとしていると、携帯電話が鳴った。
電話を取ると、彼女だった。
『もしもし、サトシ?ごめん!約束って、今日だった…よね?』
「ああ…うん。今日だな」
『あの…今どこ?』
「渋谷の109の前だけど…」
『ごめんなさい!すぐに行くわ。あの、待っててもらえる?』
「ああ、うん」
『…ひょっとして、怒ってる?』
「…いや。感謝してる」
『え?』
「ありがとう。おかげですっごいものみれたわ…」
『え、あの…?』
「うん。まあ、きたら詳しく説明してやるよ。とにかく早くおいでよ」
| Copyright 2006,03,29, Wednesday 12:49am 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |
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