……すGIL！！

昨日は眠れなかった。
一人じゃ無理なんて、バカにしてると感じる自分と、それは実際そうなのかもしれないと感じる自分が激しく衝突していた。

伊織は765プロの前に立って事務所ビルを見上げている。
足がすくむ、というわけではないが、なかなか事務所の扉をくぐる気になれない。

『なによ。このビルだって、私が建てたんじゃない…』

それはある面正しかった。
事実、伊織が765プロに登録した当時は事務所が定食屋の2階で、今のようにレッスン室などなかった。
レッスンをしようと貸しスタジオに向かったら、臨時休業で結局レッスンができないというようなこともあったものだ。

『あのときは、プロデューサーが持ってきたピアニカつかって、河原でレッスンしたっけ…』

「おはよう、伊織」
「きゃっ！」

突然後ろから声をかけられて伊織は飛び上がる。

「なっなっ、なによ！！突然後ろから現れないでくれる！？」
「ご、ごめん。なかなか入らないから、どうしたのかと思って」
「べ、別になんでもないわ！今日の予定を考えていただけよ！」
「今日は午後から収録だな」
「え、ええ。ええと、『どっちがクッキン！』の収録ね」
「違うよ。『グルメチャンピオン』だろ」
「そ、そうだっけ？そ、そんな細かいことはいいのよ！」
「そうだな。じゃあ、早速会議室に行こうか」

自動ドアをくぐり、エレベーターホールに向かう。

無言でエレベーターを待ちながら、伊織は一つの結論を出した。

『私はソロでやっていけない、なんてことない。絶対やっていける』

プロデューサーが会議室のドアを開く。

「早速だけど、昨日の返事を聞かせてくれないか？」
「そんなの、決まってるでしょ？」
「と、いうと？」
「ソロで行くわ。ユニットなんて興味ない」
「まあ、まて。そうかたくなになるなよ。これはチャンスでもあるんだぞ？」
「チャンス？私が落ち目で、そこからはい上がるチャンスをいただけたってことかしら？」
「へ？」
「だって、そういうことでしょ！私を見くびるんじゃないわよ！一人だってやっていけるわ！」
「…待て。誰がそんなことを言った？そんな意図はないぞ」
「昨日言ったじゃない！音楽的な行き詰まりがどうこうって！」
「…ああ」

驚きと呆れが混じったかのような表情で、プロデューサーがいった。

「そういう風に受け取ったのか。そりゃ、俺の言葉足らずだ。すまん。そうじゃなくて、最初に言ったろ。ハモりとか、多人数ならではの魅力を追求してみたいって。そのためのユニットに、選抜したんだよ。お前を」

え？

「…」

伊織は二の句が継げなかった。
って、そういう意味だったの！？

「わかってくれたか？」
「わかった…けど…」
「けど？」

腹が立ってきた。この怒りは…そう。

「そう、そうよ！『選抜された』ってのが気にくわないわ！私が行く道は私が選ぶのよ！あんたはその通りに動けばいいの！」
「そ、そんなこと言ったって…」
「なによ！」
「…じゃあどうしてもイヤなのか？」
「そんなこと言ってないでしょ！」
「じゃあ？」
「やってあげるわ。あんたの考えてることも面白そうだし」
「そうか、ありがとう、伊織！これで、俺のプランが形になるよ！」

いかにも嬉しそうに、プロデューサーは伊織に礼を言う。

「な、なによ！大げさね…で、ユニットメンバーは誰なのよ」
「ああ、もうお前以外のメンバーは決まってたんだ。真と、あずささんだよ」
「ふーん…顔合わせはいつ？」
「そうだな。とりあえず、お前のスケジュールが優先だが…あさっての午後にしようとおもう。これるな？」
「あんたの方が来てないじゃない。ちゃんと私は来てるわよ」
「ぐふっ…いや、仕事はちゃんとしてるんだぞ」
「どうだかねーっ」
「…ま、まあ、とにかくあさっての午後だ。よろしくな」

なんとなく、うまく乗せられた気がしないでもないが、まあ、そういうことなら乗ってやってもいいか。
伊織は、今朝とはうってかわってすっきりした気分で、次の仕事先に向かった。(続く