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悪徳記者(3)

そのページには、久徳の記者としての実績などが詳しく書いてあった。

「ふーん…要するにゴシップ記者なのね」

ゴシップ関係なら、真偽の怪しい物から証拠の完全に固まっているものまで様々な記事を扱い、また、書く記事は鮮烈で、読む者を引きつける力を持っているらしい。
しかし、扱う記事が基本的にゴシップ関係に限られるため、芸能関係者には蛇蝎のように嫌われ、一部からは公然と悪徳というあだ名で呼ばれているとある。

しかしやはり、彼の記事を読みたがる読者がいなくなることはなく、そのような層が彼の存在を支えているようだった。

「悪徳?なんで悪徳なんでしょう〜?」
「たぶんイニシャルよ。A.Kutoku を日本語読みして悪徳じゃないの?くっだらないダジャレよね。
まあ、もちろん書いてる記事も影響してるでしょうけど」

伊織が軽く答えると、真が不安そうな声を出した。

「…なんでそんな記者の名前がうちの事務所ででてきたの…?」
「そりゃ…うちの事務所の誰かが記事になったってことじゃ…」
「ゴシップなんだよね。それって…」

沈黙が降りる。

「…765プロ・久徳篤志で検索かけてみるわよ」

伊織は意を決したように言い放った。

「や、やめようよ。ほんとに出てきたらどうするのさ」
「でも、気になるじゃない。ちゃんと確かめておいたほうがいいわ」
「で、でも〜、私もやめた方が良いとおもう〜」
「四の五の言わないの!いくわよ!」

伊織は強引にキーを叩いた。
即座に結果が帰ってくる。
かなり上位の方に、にちゃんねると呼ばれる巨大掲示板のスレッドが上がってきた。

そこには、伊織の名前が刻まれていた。

「…!」

伊織は震えが立ち上ってくるのを感じていた。
『まさか…あのこと…?』
脳裏に先日の、携帯電話事件がよぎる。

「い、伊織ちゃん…」
「な、何よ、変な声出さないでよ。たまたまよ、こんなの!私に関係あるはずがないでしょ!確認するわよ!」

強引に思考を断ち切って、リンクをたどってみた。

それはしかし、伊織の虚勢もむなしく、確かに伊織の記事が久徳によってある週刊誌に書かれたことを示唆していた。
伊織のイメージが悪くなったという書き込みが殺到している。

「伊織、週刊誌の記事って…」
「…」

伊織は混乱して、すでに書き込みを読むことすら出来なくなっていた。
現実感を喪失し、あたかも宙を漂うかのような感覚を味わう。

「…なんか、週刊誌の記事に、伊織ちゃんが嘘をついて人に罪をなすった、って記事が載った、のかしら…?」

あずさがつぶやく。

「…!あずささん、伊織の様子が変です!」
「伊織ちゃん、大丈夫?伊織ちゃん」

あずさが伊織を揺するが、伊織は遠い世界のことのように感じて、全くなんの反応も返せなかった。

「伊織ちゃん!」

ほっぺたを軽く叩かれて、はたと自失から覚める。

「伊織ちゃん、大丈夫?」
「…だ、いじょうぶ」

伊織はそういうものの、明らかに様子がおかしい。

「…もう、帰りましょう」
「…へ、平気だったら!」
「ええ、でも、ほら。今日は疲れたし。ね。」
「そうだよ、伊織。ボクも疲れちゃったな。もう、帰ろう」
「わ、わかったわよ」

しかし、席を立とうとしても、足にまるで空気がつまったかのようで、うまく力が入らない。

以前、伊織はある小説の記述を嗤った事があった。人間が、ショックのあまり立てなくなるなどということがあるはずないと。しかし、本当に立てなくなるものなのだと、このとき伊織は初めて知った。

『しっかりしなさい、水瀬伊織!』

伊織は自分で自分を鼓舞したが、あまりうまくはいかなかった。
真が手を引いてくれて何とか立てたが、腰から下の感覚が定かではない。
頭の中もふわふわしていて、現実から切り離されたかのような感覚がある。

喫茶店を出て、真とあずさに連れられて歩くが、どこを歩いているのかわからない。
あずさが携帯で、どこかに連絡してる様子だったが、誰と何を話しているのか、全く聞こえなかった。


| Copyright 2006,02,24, Friday 12:57am 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |

 

悪徳記者(2)

レッスンが始まってしばらくたつと、社長がレッスン室に訪ねてきた。

「山本君、ちょっといいだろうか」
「あ、社長…なんでしょう。今レッスンの最中なんですが」
「いいから、ちょっと」
「よし、じゃあちょっと休憩、みんな休んでてくれ」

プロデューサーが三人のそばを離れる。

「なにかしら〜」
「まあ、ボク達には関係ないですよ。それよりも、今のレッスンだけど、踊りながらハモるってむずかしすぎだよね。
すっごい腹筋の力がいるんだけど」
「ほんとねぇ〜。声の質を主旋パートとハモりパートで分けなきゃいけないし〜」
「もう腹筋のしすぎでお腹割れそうですよ」
「えーっ、お腹の割れたアイドルなんているの?」
「いるじゃん。ボクら」

軽く笑い声を上げていると、突然プロデューサーが大声を上げた。

「久徳ですって!?」

驚いてプロデューサーの方向を向くと、あわてたように社長が声を落とせという仕草をしている。

「…?何かしら〜」
「クトクって聞こえたけど…何かしら」
「クトク?うーん。僕は知らない言葉だなぁ…?」
「『功徳』かしら? あるいは『口説く』とか」
「それどっちも濁点ついてるじゃん。何だろ?」

ややあって、プロデューサーが戻ってきた。

「ねえ、プロデューサー、クトクってなんですか?」
「その話はお前達には関係ない。詮索無用だ」

にべもない返事に真は鼻白む。

「そ、そりゃそうかもしれないですけど…」
「…すまん。少し言い方がきつかったな。悪かった。いや、ほんとに気にしないでくれ。
それよりも、新曲の件だが、遅れていたが来週の頭に届くことが確定した。
また、新曲の振り付けも一緒に届く。音取り、歌詞の暗譜などもあわせて頼むことになるから、がんばってくれ」
「やーりぃ!新曲だ!どんな曲が来るんだろ、たのしみだなーっ」

真は瞬時に気持ちを切り替えたようだが、伊織はそのプロデューサーの不自然な態度に釈然としない思いを感じていた。

『クトク…?』

奇妙にそのひびきが伊織にまとわりつく。
どうしても気になった伊織は、その日の帰り、伊織は真とあずさを誘って、インターネットカフェに行くことにした。

「ねえ、何しに行くの?インターネットカフェなんてさー」
「さっきの『クトク』って言葉、気にならない?ググって見るのよ。」
「ググる〜〜?ググるって何でしょう〜」
「グーグルって言う検索サイトを使って、インターネットで検索することですよ。あずささん。
でもさ、それなら事務所でやればいいじゃん。事務所のパソコンでもインターネット使えるよ?」
「ばっかねぇ。さっきのプロデューサーの態度からして、事務所のパソコンでそんなの調べてたらやめさせられちゃうわよ」
「あ、そっか、伊織頭いいね」
「ふふん。感心した?」

インターネットカフェに着いた三人はめいめいで好きな飲み物を頼み、端末の前に座る。

「さて、とりあえずググるわよっ」

検索キーワードに「くとく」と打ち込み、検索ボタンを押すと、2万余の検索結果が出てくる。

「げ…」
「うわ…」

余りの件数の多さに、嘆息する。

「グーグってもしーかたないっ♪って歌があるわね〜」

あずさが間の抜けた声で言ったのを、伊織は視線で制し、画面とにらめっこをはじめる。

「うーん…関係なさそうなのはおいとくとしても…」
「って言うか、独特の『くとく』とかで引っかかってるよね…これ何とかならないかな」
「それを検索オプションで引いてみて…」

色々工夫する物の、余りうまくいかない。
しばらく黙ってみていたあずさが突然言った。

「あのぅ〜〜」
「何?」

伊織はイライラして自然語調がきつくなる。

「あ、ううん、ひょっとしたらダメかもしれないんだけど〜」
「いいから言ってみなさいよ」
「ええと、プロデューサーと社長が話してたのよねぇ〜」
「そうよ。それが?
「だったら芸能関係のキーワードじゃないかしら〜」
「あ。」

伊織と真がハモる。
「そっか、くとく・芸能でググればいいんだ!」

調べてみると、上位の方にWikipediaの芸能記者欄が出てきた。

「久徳篤志…芸能記者の名前?」


| Copyright 2006,02,22, Wednesday 03:51pm 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |

 

悪徳記者(1)

数日後、社長室に山本プロデューサーと水田マネージャーが集まって、難しい顔をしていた。
社長の机には、一冊の週刊誌が開かれている。

「社長、ちょっとこれはまずいんじゃないでしょうか」
「うーむ…まさか、あのことを週刊誌にかぎつけられるとは…」

開かれたページには、「衝撃!水瀬伊織の素顔」というタイトルが踊っている。
そのページには、伊織のマネージャーが携帯電話を鳴らした事件について、その真犯人が伊織であるとうたがわれていることが書かれていた。また、伊織がマネージャーに罪をなすりつけたかのように書かれている。どこでかぎつけたのか、車の中で伊織が水田を罵倒したことまで書かれていた。

「たいした大きさの記事でないとはいえ、水瀬君のイメージダウンは避けようがないな…しかし、わざわざ記者会見開いて、否定するのもなんだし…」

社長の言葉を聞いて、山本が難しい顔でうなずく。

「まあ、伊織が鳴らしたのは事実な様ですしね…ここでこの程度の記事に反応したら、却って火が大きくなりかねません」

社長が水田の方に顔を向けて言う。

「水田君…すまんが、とりあえず、この件に関して何か問われたら、君の責任であるとはっきりいってもらえるか?」
「はい。それは問題ありませんが…しかし、俺がかばわない方がよかったのでしょうか」
「いや、それは結果論になるから。この場にいる人間は水田君以外、その場の状況を知らないわけだし…私は君が場を読んで行動したと信じているよ」
「ありがとうございます、社長」

社長が腕組みをしてつぶやく。

「さても、それはおいておくとして…記事の影響がどれくらいあるかは様子を見てみないとわからんな。
これで済めばいいんだが。まったく、新ユニットの立ち上げ直前だというのに…」
「この記事の記者…誰でしょうね」
「わからん。私のルートから調べておくよ。で、水瀬君は今日は?」
「今日はハルモニアのレッスン日ですから、練習室に来るはずです」
「そうか、じゃあ、それとなく様子を見て、もし知っているなら気にしないように言ってくれたまえ」
「はい、社長」

山本はうなずいた。

「まあ、そうはいっても気にするだろうがな…コンディションには注意して進めてくれ」
「はい。では、そろそろ時間ですので」
「うむ。よろしく頼む」

山本はドアを出て、息をつく。

「伊織も、運の悪いことだ…」

つぶやいて、エレベーターホールに向かった。



| Copyright 2006,02,20, Monday 09:51pm 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |

 

本番での事故(2)

帰りの車の中、気まずい沈黙を打ち破るように水田が言った。

「伊織ちゃん…まあ、痛い失敗だったですね…俺もスタジオに入った時に声をかけるべきだったですよ。俺が悪いのも事実です」
「…そーよ。アンタもわるいのよっ!そーいうことをマネージメントできてこそのマネージャーでしょ!?」
「そうですね。ホントごめんです…」
「だいたい、アンタはそーいう気配りが足りないの!」

伊織は八つ当たりとわかっていつつも、水田に当たらざるを得なかった。
そうしないと、めげてしまいそうだった。

しかし、自分への腹立たしさを抱えて水田に当たっても、それはちっとも収まらず、却って自己嫌悪が深まるばかりだった。

「こんな初歩的なミス…ありえないでしょ!」

もう、自分でも何に怒っているのかわからない。
気分がまったく収まらないまま、伊織たちは事務所に着いた。

水田が早速社長室に報告に行くと、伊織も社長に呼ばれた。

「水瀬君、本番中に携帯電話を鳴らしたんだって?」
「…はい。済みませんでした」
「相手は誰だったのかね?」
「え…あ、調べてませんでした。動揺していて…」
「そうか。まあ、相手は関係ないが…私の方からも局の方にはフォローを入れておくから、今後は気をつけたまえ。」
「はい」
「まあ、これで収まると思うがね。実際問題生放送ではなかったので、たいした実害はないわけだし…」

ため息をつきながら社長が言う。

「まあ、気をつけて帰りたまえ」
「はい、社長。失礼します」

伊織は一礼して出て行く。

「そういえば、調べてなかったわ…誰だったのかしら…」

携帯電話をあけて確認すると同時に、伊織は社長室に飛び込んだ。

「しゃーーちょーーーーおーーーーっっっっっっっ!!!」
「な、何かね、水瀬君。血相を変えて」
「電話の相手、社長じゃないのよ!」
「ん?そ、そうだったかな?」
「そうだったかなじゃないわよ!社長なら私が本番中だってこと知ってるでしょ!何用でかけてきたわけッ!?」
「あ、いや、水瀬君、ほら。アレだ、うん。相手は関係ないとさっきも言ったが…」
「問答無用よ!そこに直りなさいーッ!!」

その日、765プロの社長の叫び声を聞いた人がいたとかいなかったとか。

『はーもう。こんなオチがつくなんて…でもちょっとすっきりしたわ』
伊織は帰りの車の中で憮然とつぶやく。


…皆が、これで一件落着と考えていた。



| Copyright 2006,02,19, Sunday 06:18pm 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |

 

本番での事故(1)

それは収録中に起こった。

「水曜のアサマテレビで…」

パネラーが言いかけた時に、携帯の着信音がスタジオに鳴り響いた。

「カーット!!誰だ!本番中だぞ!」

ディレクターの怒号が飛ぶ。

『やばい…アレ、私の携帯の着信音だわ…』

「あ、あの、済みません。私です」

マネージャーの水田が伊織の携帯であることに気がつき、すかさずフォローに回った。

「なに、水田ちゃんなの!?ちょっと頼むよー。スタジオ入ったら携帯電話の電源切ることくらい、ジョーシキっしょ!!さっさと切っといて!」
「は、はい、申し訳ありませんでした」

スタッフが白ける中、水田が伊織のバッグに入っている携帯の電源を切りに行く。
伊織は気まずい思いを抱えながら、表面上は何事もなかったように収録を続けた。

「はい、カット!今日はこれでアップでーす。お疲れ様でしたー」

ADの声が響き、全員の緊張が緩む。

『やれやれ、今日はサイテーの日ね…』

ホッとしながら、帰り支度をしていると、伊織はディレクターに声をかけられた。

「伊織ちゃん、ちょっといい?」
「はい、ディレクター、なにかしら?」
「さっきの携帯電話、実は伊織ちゃんじゃないの?」

心臓の鼓動が跳ね上がる。

「ち、違いまーっす♪ディレクターったら、マジな顔して、何言い出すのぉ?マネージャーの水田が不始末をしでかしたことは私からも謝りますけどぉ…」
「ふーん?ならいいけど。ま、今後は気をつけてよね。
生じゃなかったからいいようなものの、生だったら伊織ちゃん、ヘタすると干される所よ?」
「わ、わかってまーっす♪ゴメンなさいー。私からもよーっくいっておきまーっす♪」
「ハイハイ。じゃあお疲れ様」

飛び上がった心臓がまだ収まらない。

『まずったわ…』

伊織はうつむいたまま、顔を上げることができなかった。



| Copyright 2006,02,18, Saturday 10:26pm 瀧義郎 | comments (0) | trackback (0) |

 

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