765プロ社長・高木純一郎は、困り切った顔で指を組んだ。
社長のデスク前には、黒いスーツ姿でハーフフレームの眼鏡をかけた女性が、渋い顔で腕を組んで立っている。
「そういわずに頼むよ……夏樹くん」
夏樹と呼ばれたその女性は、「イヤですよ!」ときっぱり言い切った。
耳にかかった髪を、不愉快そうに後ろへと跳ね上げ、しっかりと腕を組みなおす。

「どうして私がアイドル候補生の面接を!?
 そんなの、契約にありませんし、第一私はいま、途方もなく忙しいんです!
 社長もご存じのはずでしょう!?」

実際、その女性――佐藤夏樹は忙しかった。
フリーのプロデューサーとして、過去に数々の名ユニットを育て上げた夏樹は、今は765プロに所属していた。
ユニット「Harmonia」のプロデューサーとして、である。

Harmoniaはついこないだまで、デビューも危ぶまれるほどのスキャンダルで潰れかけていた。
数々の根回しと一発逆転の秘策で、まとわりつく悪評を見事吹き飛ばし、やっと世間の注目度をあげることに成功したところだ。
逆にいえば、今が絶好の機会なのだ。今、アルバムを作らなければ、世間に忘れられてしまう。

もちろん、すでにアルバム制作の作成作業には入っている。今日も某スタジオで新曲のレコーディングをしていた。
その他、PVの制作や広告会社との折衝など、やらねばならないことは引きも切らない。

Harmoniaのメンバー、三浦あずさ・如月千早・菊地真の、三つの輝く才能を世に出すのが夏樹の契約であり、使命でもある。
今は、それ以外の全てが煩わしかった。

まして、新人アイドルの発掘などという、契約にもなければ関係もない仕事に関わる時間は一秒たりともない。


「しかしだね夏樹くん、わがプロダクションも目玉となるアイドルをもっと増やしていかなければ……」
「それはそうでしょうけれど」
夏樹は眼鏡をくっと押し上げて、眉根を寄せて、厳しい表情を作った。
ここは強硬に拒否しておかねば、押し切られてしまう。
とりつく島は、絶対に作ってはならない。

「私の契約は、765プロの代表となりうるアイドルを育てること、です。
 Harmoniaを育てている今、他の娘を見いだす理由はないし、その娘に関わる気もありません」
「いや、君に新しいアイドルをプロデュースしてくれ、というつもりはないのだよ。
 そうではなく、これまで多数、アイドルを育て上げてきた君の目からみて、有望な新人をだね……」
「だから、それは私の仕事じゃありません! 社長がおやりになればよろしいでしょう!」

社長と、目線をしっかりあわせて言い切った。


社長は頭をかいて、夏樹の視線を外し、くるりと椅子を回して背を向けた。
「こまったな……」
ふぅと息をついて、遠くを見ている。
「ああ、Harmoniaのアルバム発売も近いというのに、我が社には次のプランもない……。
 このままでは、Harmoniaのアルバム制作資金もままならないかもしれんな……」
「!」
夏樹は組んでいた腕を解き、慌てて社長のデスクに手をついた。
「ちょっと待ってください、社長! それはないですよ!」

夏樹はこれまでのプロデュース過程で、当初定められた資金をかなりオーバーしていた。
Harmonia以外でそんな失態を犯したことはないのだが、今回はスキャンダルの火消しや、強行したファースト・ライブなど、様々な面で予想外の出費が重なった。
デビュー前だったこともあって、そのときの資金が未だ回収できていない。
この間、渋る社長を説き伏せ、懇意の広告代理店などとも連携しつつ、やっとファーストアルバムの制作費を確保したところなのだ。
ここで予算をカットされては、Harmoniaのアイドル生命に関わる。

「おや、何か聞こえたかな? 私は独り言を言っただけだが……」
「~~~っ、この……」
勝負は決した。
不本意で、心外で、無念この上ないが、不承不承、引き受けざるを、得ない。
デスクに手を突いたまま、うつむいて小さな声を出した。
「……わかりました、やればいいんでしょう」
「おお、やってくれるか!」
「ただし!」
キッと顔を上げて、譲歩の限界を突きつけておく。
「午前中だけですよ! その日は午後から、大きな予定がありますから!」
「いや、よかった。ありがとう! 君の慧眼《けいがん》を期待しているよ!」
これ以上この場にいたら、何を押しつけられるか分からない。
踵を返してさっさと部屋を出た。


バタンと社長室のドアを後ろ手に閉じ、夏樹は深く息を吐いた。
「……クソタヌキっ!」
結局、押し切られてしまった悔しさを吐き捨てて、Harmoniaメンバーの待つスタジオへと向かった。

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