ありえない。まったくもって、ありえない。
これは「青天の霹靂」どころか、「赤道直下でオーロラ」くらいのありえなさだ。

雪歩は、さっき揺すられたときよりも激しい勢いで頭を振った。
「ムリムリムリ! ぜーったいムリ!」
「だって、一次審査通ってるんだよ? それって少なくとも書類ではいけてるってことじゃん!?」
「でもでも、アイドルってバーン! で、ボーン! な人じゃないと無理なんでしょ!?
 私、ちんちくりんでひんそーだし、ぜんぜんそんなんじゃないよーっ!」
「雪歩の場合、体よりもイメージの方がひんそーね……」
目を半分閉じて、呆れたように口を開けたひろちゃんは、すぐに表情を戻して肩をがしっと握ってきた。
「そんなことないってば! 雪歩十分カワイイし、私が保証するよ! きっと人気出るって!」
「で、でも、私、男の人って……」
「だからじゃん! いつも雪歩、変わりたいっていってるじゃん! これって、すっごいチャンスでしょ!?」
「う……」
「だーいじょうぶだって! イェス、ウィー、キャンだよ!」
「……でも……」
「雪歩ぉ~~」

 雪歩はうつむいて、考え込む。
『これは、本当にチャンスなのかも……でも……お父さんがなんていうか……』

――やれるものならやってみたい……気はする。
でも、本当に自分にできるのか。第一そんな夢物語が、自分に用意されてる、なんて。
でも――

でも、のリフレインが雪歩を覆う。
どう考えてもできるわけがない、という思いと、もしかしたら変わるためのチャンスかも知れない、という思いとが交錯し、思考の迷路にはまりこむ。

どのくらい固まっていたのだろう。
ひろちゃんのふぅ、というため息で現実に戻る。
「……そっかぁ……」
顔を上げてひろちゃんを見ると、困ったような笑顔で雪歩を見ていた。
「ごめん、ちょっと興奮しすぎたかも。雪歩がやりたくないなら、しょーがないよね」
『え、ちがう』
雪歩はひろちゃんの顔をまっすぐ見た。
『やりたくなく、ない。
 せっかくのチャンスなのに。
 ひろちゃんが、私のために作ってくれたものなのに。
 私は、それを本当に捨ててしまっていいの……?』

衝動が激しく雪歩の喉を突き上げていた。
しかし喉の蓋は厚く重く、言葉はそれを突き破れなかった。

もどかしくて奥歯をかみしめると、ひろちゃんがにっこりと笑った。
「ガッコ、いこ?」

その、ひろちゃんの笑顔が痛かった。

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